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追憶“Special”参加者アンケート編  


追憶のひととき“Special”に
参加された方のアンケートをご紹介します♪

・渋滞のため法話の時間に間に合わず、せっかくの法話を聞けなかっ
 たのが残念です。家族皆で墓参り出来るので、次回も開催されれば
 是非参加したいです。また、ライブを見に行く機会がないので、
 とても楽しませて頂きました。
・音楽ライブとてもよかったです。
・御住職の法話を聞けてとても勉強になりました。
 ありがとうございました。
・なかなか法話を普段お聞きすることがないので、とても興味深かっ
 た。子供が小さい頃から、お寺さんにこのように伺うということは
 一般の人にとってとても親しみやすく大切なことだと思う。
・一年に一度ですが、こちらに伺いお寺と関われてとても良い時間を
 過ごせました。ありがとうございます。
・軽食,カレー,BBQ大変美味しく手作りの味を楽しませて頂きました。
・お寺でライブという発想が面白いと思いました。毎年音楽も聞けて
 楽しませてもらってます。
・子供たちに「お天道さまが見てるよ!」とこれから言っていきたい
 と思います。
・主人が生前、海の日にパーティーを開いていたので時期的にご縁が
 あり、いつも参加させて頂きありがとうございます。
・夕方からで落ち着いて参加できてよかったです。いつもありがとう
 ございます。
・毎日忙しくしていて深く考える事もせずにいました。法話、改めて
 心に刻みました。
・音楽の内容とても良かったです。不慣れなもので最初音にビックリ
 しましたが夏にふさわしくパワーがあり、いい経験でした。
・とても盛り上がってよかったです。
・楽しかったです。
・家族のみんなが楽しそうで来てよかったです。
・お寺さんというかたいイメージがないので、とても良いイベントだ
 と思います。
・毎回楽しみにしています。ありがとうございました。
・法話、月一回ぐらいしてほしい。
・亡くなった主人の好きだった音楽を聞けて心に沁みました。
・「バチ」の話とても良かったです。
・最高!ワンダフル!法話とても勉強になりました。女性ボーカルの
 声がとても良かったです。ピアノの人も最高でした。
・法話は分かり易くお話しいただけるので理解できます。間近で聞く
 ライブは、まずない事で貴重な経験でした。夢中になって楽しめま
 した。ありがとうございました。
・今回初めて参加させて頂いたのですが、忙しく過ごしている毎日の
 中では気に留める事の無かった罰について、深いお話を聞く事が
 出来、とても有意義な時間を過ごすことが出来ました。
・素敵でした!音楽ライブいいですね。

今回参加された皆様、ありがとうございました。
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追憶“Special”法話編5  

「法話編4」の続きです。

5.おわりに・・・

 七里ガ浜顕証寺墓苑が開かれて、14年が経とうとしております。実は私、この墓苑を開くのに反対の立場だったんですよ。信者さんの一部も反対でした。なぜなら、このお寺は本門佛立宗の教えに則った方々の聖域だからです。聖域というのは、幾つか意味がありますが、神聖な土地・地域。犯してはならない区域。比喩として、手を触れてはならない分野という意味でこの言葉をあえて使いました。
 まず、今までは泥棒に入られたことがありません。実は、開苑した翌年に本堂の賽銭箱が盗まれましたが、犯人は捕まりました。境内でBBQを毎年やっていますが、トンビも食べ物をさらったことがありません。本当に「守られている」聖域なのです。ですから、当初は不安材料ばかりでした。
顕証寺 zenkei01.jpg
 昭和63年あたりからこの墓苑の建っている隣地が転売されて、いわゆる「土地ころがし」で焦げ付いて、銀行の抵当が20億円にも上ったと聞いております。最後に権利を持った方が高級マンション、分譲地と開発を試みられましたが、地域の反対で失敗。その間、土地の様々な権利に飛びついてきた怪しげな団体もあったりと、益々絡んで行ったのです。

 平成7年頃に霊園開発の話が来ましたが、実績と実体のない会社で、危ないところでした。おまけに踏切の移設や境内の一部を道路にということも出てきて、いよいよお寺を守ろうという信徒にも影響をし、更にそうした業者が言うこと訊かすために不審な挙動をとったりと、お寺にとっては「未曾有」の危機でした。これは今だから言えるんです。

 平成9年に今の墓苑を立ち上げた業者が訪問されまして、種々協議に入りました。その時から私も直接交渉のボードに乗りました。お寺を守ろうとする真摯な信徒の手前、住職と信徒との狭間に入って交渉をしました。業者は「お寺さんも墓地が必要でしょう?」と言うと、私はすぐに「いいえ、このお寺は霊廟(納骨堂)がありますから墓地は要りません」とそっけなく応えました。それでは話にならんと言うことで、具体的にどうしたらこう、こうしたらこうと時間をかけて会合を重ねました。しかし、最後に決断を下すのはあくまで代表役員である「住職」の決済です。

 当時の住職、私の師匠は「近隣住民も今まで困ってきた。これ以上、不安を募らせるわけにはいかない。幸い、墓地なのに『顕証寺さんがやってくれるなら賛成』と言ってくれている。これは顕証寺だけの問題ではない」と墓苑開発誘致を決済されました。
 私は、信徒の責任役員にお話をし、一人の責任役員は是認していただきましたが、もう一人は納得をしてくれませんでした。結局、その人は責任役員を放棄し、顕証寺から去って行きました。私はとても残念でなりませんでしたが、住職が熟慮して、私も納得し説得するのに時間も工夫も勉強もしたつもりでしたので、協議書に押印を致しました。こうして墓苑の開発が平成11年7月末から始まったのです。

 このようにして、「聖域」である顕証寺の境内が墓苑の敷地として拡大されることになりました。ですから、皆さんにとっては墓苑の永代使用権をお持ちですが、あくまで「宗教法人顕証寺」の規則と「使用契約」の約束事という上で使用いただいていることになります。これらを良く認識いただきませんと時には穏やかでなくなります。
墓苑写真1 墓苑江ノ島 管理棟
 先程のジンクスではありませんが、「ついで参りはいけない」ということがあります。端から遊びに来たついでにというのはいけないという意味です。同じ霊園内に親戚のお墓があるのでついでにと言うこととは異なります。こういうことがありました。ここは海が近いので良いということで求められる人が多いのですが、事もあろうに海水パンツ一丁で墓石に水をやっている人が居りました。管理人さんが「あなた、ついで参りはいけませんよ。それにここは霊園です。せめて上着一枚羽織ってください。」とさすがに窘めたそうです。

 実は、墓苑を開園するにあたって、使用のモラルを問うのに私は細かく条文を掲示した方がよいと提案いたしました。例えば、何処にもありますよね?「ここでの事故等の責任は一切負えません」などと。でも、師匠先住職は「そういうことはしない」「何でも法律に訴えたりするのは愚の骨頂だ!」として、その提案を退けられました。しかし、無断駐車や時間外の墓参もあったりとその都度対応しなければならなくなりました。世間の人の中に「お寺は公共施設」と勘違いしている人がおります。違います。お寺は公共の公園とは違うのです。お寺を守るために檀信徒がお金や労力、そして信仰心で支えているのです。お墓があるから仕方なくしているのではなく「心の拠り所」として一人ひとりが支えているのです。これは住職も僧侶も同じことをしております。外の人にはそれがわからない。この世の中は、タダで自動であるものはありません。いろんな恩恵によって成り立っているのです。「金は天下のまわりもの」と言うように、それに心が働いて善きにも悪しきにも流れるのです。信仰の世界では、善きに流れることを「功徳」といい、悪しきに流れることを「罪障」といいます。

 こういうこともありました。境内に午後から車が駐車されており、信者さんにしては長い、変だなと思いつつ管理人さんが帰りに一応、車に張り紙をしました。「長く境内に駐車する場合はお寺の事務所または墓苑管理事務所に連絡ください」と。でなければ、無断駐車になります。夜9時近くにお寺のインターホンが鳴りました。私も心配してイライラしていたこともあり、ついワインを飲むペースが速くなり、ほろ酔いの時分でした。出てみると「張り紙があったので…」というものですから「墓苑の使用者でしたら何も無碍にはいたしません。でも、長く駐車するのでしたら一言あっても良かったんじゃありませんか!」と少々、きつ目に言ってしまいました。

 こういう経緯と日常の在り方によって、この境内の聖域は守られているのです。できれば私共の言う「功徳」「罪障」が解ってくだされば申し分ありませんが、今回の「罰について」のお話を思い出していただき、モラルと亡き御先祖、亡き精霊への孝養心を一層、強くしていただければ幸いです。

 ご清聴ありがとうございました。

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追憶“Special”法話編4  

「法話編3」の続きです。
4.お天道さまが見てござる imageCA0IGGX5.jpg 
 先程、申しましたように、今の世の中は科学至上主義の考え方に囚われて、即物的な考え方をする人が増えました。でも、一方、迷信をどこか信じているという陳腐な姿があります。祟りというとおどろおどろしいイメージです。例えば、将門の首塚というのが東京のビル群の間に有って、約900年も経った今でも動かそうとすると関係者の体調が悪くなったりということがあるそうです。これも迷信かと思いますが、霊というものはないとは言えません。怨霊とか地縛霊と言うのはあるような気がします。なぜなら、人間の憎悪の念と言うのは、恐ろしい負のエネルギーだからです。「呪ってやる」なんて言われたら誰でもゾッとしますよね?そこまでいかなくとも、何か視線を感じる。振り向いたら愛する人が愛おしそうに見ていたとか、言葉や電信電話でなくても意思の疎通というものがありますよね?
   imageCA0DWLRX.jpg  imageCA60RQ13.jpg
 四知という言葉があります。『後漢書楊震伝』からの出典ですが、二人の間だけの秘密でも、天も知り、地も知り、我も知り、相手も知っているから、いつかは他に漏れるものであるということ。楊震は後漢の官僚で、当時の最高位である三公にまで昇った人物です。後漢は側近政治の悪弊が蔓延り、賄賂が横行した王朝でした。
 この話も、そうした賄賂に関係した話です。楊震が地方の太守に任命されて任地へ向かう途中に立ち寄った場所で、その県の県令王密が夜、楊震の宿舎に尋ねてきました。王密は以前、楊震の部下だった人物で、その当時目をかけてくれたお礼ですといって、楊震にお金を渡そうとしました楊震はこれを断りますが、王密は「夜分のことですので、私がここにやって来たことも、お金を渡したことも、誰にも知られることは有りません」といってなおも渡そうとしました。それに答えた楊震の言葉がこの四知です。
「あなたは誰も知らないと言うが、そんなことはない。天が知っている、地も知っている。何より私も知っているし、貴方も知っているではないか。何事もこの四者が知らないと言うことはないのだ」と。

それが後世「天知る、地知る、我れ知る、子知る」という四知という言葉になったのです。

 日本人には古来から、太陽の存在を敬う意味で「お天道さま」という言葉がありますね。
天地を司る超自然の存在を言ったものでもあります。「お天道さまが見てござる」という教育があったからこそ、即物的ではなく、心や人を愛し慈しむ。自然を大切にし、社会の一員として他人や社会に尽くすという活動に勤勉だったのが日本人の本来の姿であったはず。
 それが今やどうでしょうか?第1回目の「追憶の夕べ」の法話でもご紹介した京都大学教授のカール・ベッカー氏は「日本は不思議な国です。明治以前には『霊』の存在を当然のこととしてきたのに、今では過去の欧米に追従して、この種の現象を真面目に考えようとしない風潮が、特に科学者のあいだに強くあります。欧米諸国はこの方面で、ある意味ではむしろ昔の日本に近づきつつあるのに、逆に日本が、過去の欧米の水準から一歩も進もうとしないのは、まことに皮肉というほかありません」と言っております。
   imageCABIV6O0.jpg  imageCACXBP2G.jpg  imageCAKUFX6Q.jpg
 日蓮聖人は、『回向功徳抄』というお書きものに「我父母の物をゆづられながら、死人なれば何事のあるべきと思て、後生を訪ざれば、悪霊と成り、子子孫孫にたゝり(祟)をなすと涅槃経と申経に見えたり。他人の訪ぬよりも、親類財を与へられて彼苦を訪ざらん志の程うたてかるべし。悲むべし悲むべし、哀むべし哀むべし。
南無妙法蓮華経。南無妙法蓮華経。七月二十二日  日蓮  花押」と書かれてあります。
この中に「後生を訪ざれば、悪霊となり、子々孫々にタタリをなす」とあります。御文の意味を現代語訳しますと次のようになります。
「自分は死んでいった父母の物を譲り受けて生活しているのに、死人になってここにいないのならば何もばれたりしないと考えて追善供養を怠れば、死んでいった父母であっても悪霊と成り、子子孫孫にたゝり(祟)を起こすと涅槃経というお経に説かれている。
赤の他人が供養をしたとしても、親類が亡き人から財を与へられて生きているのにその苦しみを測って苦を取り除こうと供養をしてくれないのは辛く悲しいことである。悲むのだ悲むのだ、哀むのだ哀むのだ。南無妙法蓮華経。南無妙法蓮華経。」となります。

 今一度、言いますとここでいう「祟り」というのは、先程の仏教的な「罰」の考えからすると「自業自得」ということになります。悪霊や怨念がそうさせるのではなく、自分自身の親を大切にしないということは、自分に返ってくるのだということです。親に生前、養育を享け、物やお金を貰い譲り受けて来たのに、死んだら御仕舞、御用済みといって追善供養もしない人にはそれなりの後生がやってきてしまいますよ。いざ、そうなった時に親のせい、他人のせいにはできません。自分の所業ですよと。人を思いやらない人が、よい人生を送ることは出来ないのです。

 私達は、欲の為に、自分の欲求が満たされればそれでよいという趣きがあります。でも、それだけだとしたら犬や猫の動物と何ら変わりはありません。時に、犬や猫の方に温情があったりします。仏教ではただ単なる動物は「畜生」といわれますから、人間が、親が亡くなっても肉親が死んでもあるいは友を死で失っても何の感情も湧かず、ましてや葬儀弔いもしない、散骨すれば面倒な儀式など遣らずに随意で時折「思い出して」やればよいという勝手な解釈を遂げたとしたらどうなるのでしょうか?犬畜生以下の考え、行いと言われても仕方ありません。それこそ「罰が当たる」のではないでしょうか?

仏教では、お天道さまが見ているということを「知見照覧」と言います。み仏を始めとして諸天善神は私達の全てをみそなわしていますよ!という意味で「知見照覧」と言う言葉を使います。そのことを考えて教えを踏み外さず処世しなさいといことです。ですから、仏さまご自身が罰を当てることはなく、あくまでも人間が物の道理、法則という道に迷い、踏み外すから「どぶへはまるなり」という「罰が当たる」のです。
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追憶“Special”法話編3  

「法話編2」の続きです。

3.ジンクスと実際

 俗に「触らぬ神に祟りなし」と言われますが、これは、神様とかかわりを持たなければ、神様の祟りを受けるはずもないことから。かかわり合いさえしなければ余計な災いをこうむる心配もないという、主に逃げの処世をいうのであります。
 仏教でいう因果応報は、宇宙の森羅万象、法則道理であります。宇宙がひっくり返らなければ変わりません。その中で、人類は慢心をし、知ったかぶりをしているに過ぎない存在です。したがって、まだまだ科学の力ではわからないことが多いのです。特に自然の驚異には目を見張るものがあります。自然に対する畏怖の念がいわゆる神様を祭る行為になったのではないでしょうか?
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 皆さん!三隣亡ってご存知ですか?歴注、選日の一つですが、建築関係にとっては大凶日であります。この日に、地鎮式や棟上げをすると三軒隣まで滅ぼすことになるというのです。
 今から約10年前。青年教務会と言う組織で本部役員をしていた時、佛立宗の全国寺院を周る活動中、京都の綾部と言うところにある「清現寺」というお寺へ行きました。このお寺のことについて、私がまだ10代の頃、佛立宗の「ふれあい」という雑誌に紹介されているのを読んだことがありました。その時、「えっ?本当にそんなことがあるの?」と思うことが書いてありました。このお寺は建立されてから今日、もう120~130年経っているんですね。しかも一建立で。一建立と言うのは、たった一人の寄進者が建てたという意味です。その人がお寺を建てるのに地鎮式をよりによって「三隣亡」の日にしてくれと建築業者に依頼したのです。どの業者も「滅相もない」と断ったそうです。しかし、その寄進者は「私の御宗旨は万法具足の教え、迷信ではなく、真実の宗教。一切祟りなんかない。一切無障礙と言って、そんな三隣亡なんか関係ない。さあ!」ということで無理遣り引っ張ってきた業者に地鎮式、棟上げをさせ小さいながらも古式ゆかしい寺院が建立されたのでした。
 地鎮式 imageCAKFK0X6.jpg imageCABOZL8Y.jpg
百聞は一見にしかずで、その話を清現寺の信者に聞いてみると「そうですよ、本当の話。今日まで火事一つ出さずこうして建っています」と。
 どうですか?釈尊の真実の教えに則れば、一切障りなし、一切無障礙というご利益があるんですね。その反対であるその教えに背けば、自分のすることなすことが悪循環となって報いてくるのです。罰が当たってしまうんですね。

 もう一つ、今度は仏事に関するところから見て行きましょう。先程の歴注に、友引というのがありますよね?そうです。この日は葬儀はやらないんですね。なぜって?その日にやると次々にあの世に連れて行かれてしまうから。共に引かれてしまうから縁起でもないと。実際、火葬場が休みなんです。でも、そうもしないと火葬場で働く人、お休み出来ないでしょう?炉の点検や掃除も出来ませんし。こういうのをジンクスっていうのです。ナンセンスが多いように思いますが、何か教訓めいたものが含まれている向きもあります。

 これはどうですか?「納骨は三月に跨ってはいけない」。聞いたことがありますでしょう?大概、納骨は満中陰といって仏教では、死者が生まれ変わる準備期間が一応、満了する日が49日とされています。今日ではこの四十九日忌を目安に納骨式をするのですが、それが亡くなった日からの暦上、三つ月を跨っているとしたら、繰り上げて三十五日にするということが行われているようです。何でか?「始終苦しみが身に付くから」という語呂からです。全くの迷信ですが、これは今日の葬送観に対して一石を投じる教訓にすべきではないでしょうか?
  imageCAEUDS6I.jpg imageCA1MK0RD.jpgimageCA4L6ZKN.jpg
 今日の葬送は、ユーザの意思を反映する、自由な形の葬儀が増えてきました。以前にもこちらで紹介した映画「おくりびと」の話や直葬、散骨の事などです。散骨は、私共の宗旨でも認めています。ただし、必ずお寺が介在しての事です。この散骨にしてもルールがあるのです。実際、散骨を条例で禁止、制約している地方自治体があります。二三を上げますと、北海道 長沼町、埼玉県秩父市などは風評被害、迷惑防止の条例に列記してあります。長野県諏訪市は散骨場の設置に関わる条件を示していますし、世界遺産に登録された富士山周辺の静岡県御殿場市はハッキリと散骨場は墓地に当たるとして指定の業者が起こした散骨場であればよいが、そうでない場合の罰則を設けています。
 どうですか?散骨といえども好き勝手には出来ないんですよ。こういうのもどうですか?死んで墓の事で子供や孫に迷惑をかけたくないからと個人墓、永代墓を生前頼んで、お参りもしなくてもよい等。これが人生の先輩の言うことですか?教えるべき姿ですか?
先程の「触らぬ神に祟りなし」で、お寺との繋がりも持たない方が良いなどとなったら本当にどうかしていると思います。
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 一昨年、大阪で27件のお骨の遺失物があったそうです。普通の遺失物と同じような扱いをするそうですから、拾って届けた人が六か月経つともらえるんですよ。でも誰も受け取りには来ないそうです。当然ですよね?本当に受け取りに来た人はたった一件だったそうであります。故意なんですね?わざとなんです。こういったお骨は期間が過ぎますと警察の台帳に記録され、お骨周辺の情報は消されるそうです。故意ですから、これがはっきりと捨てましたとなるとお骨遺棄罪といって罪になるからです。刑法190条、191条に死体や遺骨、遺髪などを損壊、遺棄したものは三年以下の懲役。そして、お墓を掘り出し、それらのものを損壊、遺棄または領得したものは三か月以上五年以下の懲役に処するとありますから重い罪になります。最近は、お骨を手元で供養するということがあるそうですが、ペンダントにしたりなどはあまりよい趣味とはいえませんね。ですから、やはり瑕疵が無いよう、しかるべきところに安置、埋葬することが望ましいのです。そういうことがあるから「納骨は三月に跨ってはいけない」と示唆したのではないでしょうか?

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追憶“Special”法話編2  

「法話編1」の続きです。

2.罰の字句、意味について

 さて、今回の追憶のひとときは「罰について」と題してお話をさせていただきます。これは「バツ」「バチ」と2通りの読み方がありますよね?皆さん、どちらの読みが今回のタイトルだと思いましたか?そうです。お寺での法話ですからね。ここでは「バチについて」と規定してください。
 バチと読んだ場合、人間である私たちが犯した悪事に対して神仏が与える懲らしめを言います。天罰、神罰そして佛罰と熟語されます。それに対して、バツと読む場合は、罪や過ちに対する懲らしめ、仕置きの事をバツと言います。法律を犯した人に科する事を懲罰とも言いますね?先程、幾つか熟語をご紹介しました。今一度、言いますね。

懲罰、天罰、神罰、佛罰(ぶつばち)

あれ?と思いませんか?一つだけ読み方が違いますよね?そうです、バチと読む場合、これは仏さま、但し、死んだ人の事ではありません。インドの今から約3000年前にお出ましになられた佛陀釈尊、お釈迦様が与えられるものを佛罰と言いますが、敢えて読み方が神罰と違うところがミソなんですよ。つまり、仏様ご自身が我々人間に対して懲罰を直接当てられることはないぞという意味が含まれているのでございます。
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 幕末明治に出られた仏教改革者・長松清風日扇聖人という方が、難解な仏教、法華経の教えを五七五七七の和歌にして判り易く教えられた御教歌に「きょろきょろとする故どぶへはまる也 罰は仏がおあてなさらぬ」という面白いものがあります。
仏教では、確かに戒律というものがあり、出家すなわち僧侶、在家信者にそれぞれ戒律がありました。まず、五戒といって、
     1.不殺生戒     2.不偸盗戒
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  3.不邪淫戒    4.不妄語戒    5.不飲酒戒
 imageCAWK55TD1.jpg  imageCAG691QN2.jpg   imageCA43BT3W.jpg    
まず、もうだめですね。お酒を飲みますから(笑)そして、男性僧侶は二百五十戒、尼さん女性僧侶は五百もの戒律が課せられていたのです。これらは、悟りを開かれた佛陀釈尊が歩まれた人生訓などを御弟子たちが実践をされ、それが何時しか教団のきまり、戒律になったのではないかと思います。しかし、これらのものが御経典つまり修行よりも多くの人にお釈迦様の教え、そしてその極みの真実の教えを流布するために、日本に伝わった仏教、大乗仏教では厳しい戒律を守る事よりも「これだけは外せない」という究極の戒律は、佛陀釈尊の真実の教えを誹謗しない。正しい教えである法華経の教えに背かない、謗法をしないということが今日強調されるようになったのであります。これが今日末法といわれる時代の仏教の唯一の戒律であります。

 このことから、バチとは、真理を悟った佛陀釈尊や第三者が当てるものではなく、因果応報、つまり自分のした行為で他人を傷つけたり、自分勝手な行い、業が周りや自分に影響し報いてきた事物事象を現証として捉えることをバチというのです。判り易く言うと、自分のした行為が明らかに、報いてきた。それをバチと捉えて、自分自身が反省をし、もう二度としない、更生改良を誓って生活をするようにする、懺悔して初めてバチが当たった効果となるのです。
ですから、誰しも罰があたるような目には遭いたくありませんが、そのような捉え方が各々出来れば、社会の上での罰則も必要なくなりますし、死刑制度も廃止出来るのではないでしょうか。

 法華経の教えから、謗法を犯した場合の悪い果報、つまり現実の生活にあらわれる現罰が幾つか説かれています。
ランダムにご紹介しますと、
原因不明の皮膚病(ハンセン病、湿疹)
牙歯疎欠(げしすきかえ)
歯並びに隙間がある 
歯並びが醜い
醜き脣・平める鼻  
唇の形状が醜い
鼻が低い 
手脚繚戻(しゅきゃくりょうらい)
手足が曲がる 
眼目角眸(がんもくかくらい)
斜視 
ロンパリ 
身体臭穢(しんたいしゅうえ) 
身体からの悪臭 
悪瘡(あくそう)=これは悪性の出来物であるがガンや潰瘍等も含まれる
膿血(のうけつ)=くも膜下出血,脳溢血,高血圧など血液・血管系の疾患
水腹(すいふく)=腹部に水が貯まる 肝臓病などで生じる事がある
短気(たんけ)=喘息や悪性の呼吸器系疾患
諸の悪重病あるべし=様々な難治性と呼ばれている疾患等々

これらのものが現実に起こることを現罰といい、他に四種の考え方があります。それは、
1.総罰(広く一般に) 
2.別罰(各々個別に) 
3.顕罰(外に顕れる) 
4.冥罰(知らず知らずのうちに)の4つです。 


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追憶“Special”法話編1  

2013年7月14日に行われた追憶のひととき“Special”での法話内容を
より分かり易いように文章にて記載します。

  「罰について」

                     顕証寺住職・信清宏章
1.はじめに

 皆様、こんにちは。今回は「罰について」ということでお話をさせていただきます。いつもお話の前に言うのですが、私には「三つの嫌い」がありまして、実はどれも好きなのではないか?あるいは、そんな風には見えないと誤解されていることが3つあるのです。その一つは、車です。車と言うより運転するのが嫌いなんですね。二つ目は、人嫌いなんです。三つ目は、人前でお話しすることが嫌いなんです。僧侶としては、致命傷ですね?更に今日は、三つのレッテルがあることを打ち明けます。

 一つ目は、「甘いものが好きである」ということです。うちの信者さんが、何か行事があると、お弁当を用意してくれて、しかも参列の人達全員に御供養と称して一緒にご飯を食べることがしばしばあるのですが、私には何か一品多く付けなければいけないという配慮なのか、甘いプリンや珈琲ゼリー何かを出してくれるようになったのです。今では全員に出るようになったのですが・・・。そこである時、他人から「甘いものお好きですよね?」と言われ、「実は酒飲みなもんですから本当は甘いものあまり食べないんですよ」と答えると「だって、お食事の時、甘いもの必ず出ているじゃないですか」と。「いやあ、何時しか甘いものが好きな方が気を利かせて出るようになったんですが、全部食べていたら糖尿病になってしまいますよ」「そうでしょうね?」という遣り取りがありました。坊主憎けりゃ袈裟まで憎しという諺がありますが、坊さん殺したければ甘いもの攻めすればよいのです。
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 二つ目は、「会議が好き」というレッテル。これも何時しか定着してしまいましたが、会議なんて言う面倒くさいこと嫌いなんですが、好きだと勘違いされています。人前で話するのが嫌いなくらいですから。でも、物事をより良くするためには「三人寄れば文殊の智慧」とありますように、話し合いは必要です。
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 三つ目は、むしろ良いレッテルですが、音楽が好き。どんなジャンルの音楽にも興味があります。
ということで、今日は特にスペシャルなライブも用意させていただくことができました。いつも普段は必ず法事、あるいは手前どもの宗教活動でお話するときは「御布施」をいただくのですが、今日はいただきません。今日は皆さんの楽しんでいる笑顔、そして笑顔でここにいる人達と接していただければ、それが私への布施となります。こういうのを和顔施と言うんですね。また、今日の音楽ライブは、普通だったら5・6千円以上、いやお金出しても聴けないものです。おまけにカレーや生ビールや飲み物、BBQとタダで飲み食いも出来ます。そうです、お盆ですからね。そういう御供養、施しが回向されて死者も生きている人も浮かばれる。一つ、後ろの出口に御賽銭箱を用意しておきましたので、お帰りの際はそちらへお願いします。冗談ですが(笑)前置きが長くなりましたが、お楽しみの前に、今日は皆様にわかりやすくお話をさせていただこうと思っておりますが、話し下手を一つ考慮してお聞きくだされば幸いです。

法話編2へつづく・・・。
  

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追憶のひととき“Special”写真&動画編  

  追憶のひととき“Special” 写真&動画編

2013年7月14日に行われた、追憶のひととき“Special”♪今回は“Special”ということもあり、今までとは一味違ったイベントとなりました♪今年は「罰について」という内容で御住職が法話をして下さいました。今回もとても分かり易く、参加者は真剣に拝聴していました。法話が終了した後は、お楽しみの音楽ライブ♪今年は『NEW YORK MINUTE』の方々に来ていただきました。このライブも顕証寺ならではの霊廟での演奏です。参加者の方もそして霊廟・霊苑で眠っている故人の霊位も楽しんでいたと思います。ライブの後は、境内での会食です。その他にも金魚すくい等も行われ、小さいお子さん達も楽しんでいました♪
追憶Specialポスターブログ用 追憶司会
まずはビデオ放映です。第一部 顕証寺「みのりのあしあと」
第二部「追憶のひととき第1回~5回までの様子」
追憶ビデオ放映1 追憶ビデオ放映2

youtu.be 追憶のひととき第1回~5回までの様子

法話「罰について」顕証寺御住職 (法話内容は法話編にて)
追憶法話1 追憶法話2
皆さん真剣に聞き入っておられます。
追憶法話3 追憶法話4
お楽しみの追憶のひとときの目玉「音楽ライブ」です!今年も霊廟での演奏です♪音がよく反響して体中にガンガン響いてくるんですよね♪NEW YORK MINUTEの皆さんと会場が一体となって大盛り上がりでした♪ボーカルのジェナ・ロイヤさん素敵でしたね(ω'∀'ω)
音楽ライブ1 音楽ライブ2
音楽ライブ3 音楽ライブ4
音楽ライブ5 音楽ライブ6
音楽ライブ_大

youtu.be 追憶のひととき"Special"音楽ライブ編

お待ちかねの会食ですΨ(*・∀・*)Ψいつも法要のケータリングで利用させて頂いている花菱さんよりカレーと生ビール、そして顕証寺青年会の皆さんのご厚意でBBQもご用意しました。
BBQ1.jpg BBQ2.jpg
会食1 会食2
会食3 会食4
会食5 会食6
会食7 会食8
会食9 会食10
今回はヒレの長い珍しい金魚をときわ葬儀社の方が趣味で沢山飼育されているとのことで、少し分けて頂きました♪お子さん達は可愛い金魚に夢中でした゚*。゚(O゚・∀・)
金魚1 金魚2
今回手伝って下さった顕証寺信徒の方々です。お疲れ様でした☆
スタッフ1 スタッフ2
スタッフ3 スタッフ4
スタッフ5 スタッフ6
最後の挨拶1 最後の挨拶2

追憶のひととき“Special”写真編いかがでしたか?
さて・・・ここで皆様にお知らせがあります。今回は“Special”ということで今年も追憶のひとときを開催致しましたが、なんと!今回でひとまず最後となるそうです!素敵なイベントでしたので寂しいですが、またいつか開催できるといいですね。そして、また皆様と一緒に故人を偲ぶ「追憶」という御弔いができますように・・・。

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7月法要③  

7月法要 Ha家49日納骨法要
Ha家49日納骨法要1

Ha家49日納骨法要2

Ha家49日納骨法要3

Ha家49日納骨法要4

Ha家49日納骨法要5

Ha家49日納骨法要6

Ha家49日納骨法要7

Ha家49日納骨法要8

Ha家49日納骨法要9

Ha家49日納骨法要10

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追憶のひとときSpecial_CM  



youtu.be 追憶のひとときSpecial_CM

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7/14(日)江ノ電運行状況  

7.14江ノ電運行状況

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7月法要②新盆  

7月法要 Ta家新盆法要
Ta家新盆法要1

Ta家新盆法要2

Ta家新盆法要3

Ta家新盆法要4

Ta家新盆法要5

Ta家新盆法要6





youtu.be Ta家新盆法話

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7月法要①  

7月法要 H家7回忌法要
H家7回忌法要1

H家7回忌法要2

H家7回忌法要3

H家7回忌法要4

H家7回忌法要5

H家7回忌法要6





youtu.be H家7回忌法話

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追憶のひとときSpecial スケジュール  

平成25年7月14日(日)開催
  “追憶のひとときSpecial”ご参加の皆様へ

 梅雨の候、皆様におかれましては、ご壮健のこととお喜び申し上げ
ます。七里ガ浜の海は、梅雨の合間に見せる陽射しに夏色の水面が
目映く輝いております。
 お陰をもちまして、ご案内させていただきました“追憶のひととき
Special”の準備も着々と整い、スタッフ一同、皆様のご来苑を心より
お待ち申し上げております。
 今一度、皆様に当日の予定をお知らせするとともに、お願い事項を
下記にお示しをさせて頂きますので、ご一読いただければ幸いです。

               記

日時:平成25年7月14日(日)

企画:「追憶のひととき」午後4時より午後7時頃まで
㊟今回はspecialと致しまして夕方よりの開催です。

“追憶のひとときSpecial”スケジュール

16:00 司会トーク 
               ご挨拶・紹介(顕証寺住職・信清宏章師)

       10 法話「罰について」(会場:本堂)

17:00 音楽ライブ(会場:霊廟)
      NEW YORK MINUTE

17:40 軽食・ドリンクサービス&金魚すくい他(会場:境内地)

18:55  閉会ご挨拶

19:00 終了
──────────────────────────────── *当日は、ご案内させていただいた葉書と故人の小さいフレーム入り 
   のお写真をお持ちください。
*駐車台数が限られている為、なるべく公共交通機関をご利用下さい
*お車でお越しの方は、顕証寺境内に入られたら係りの誘導に従って 
   ください。
*当日は酒類もご用意しております。運転の方、未成年の方にはお配 
   り致しません。
*軽食はカレーとなります。
*管理棟はライブ出演者の控室となりますので入室は御遠慮願います
*音楽ライブは出演者の都合により変更する場合があります。
*会場は顕証寺本堂及び霊廟、管理棟、境内地です。日除けのパラソ
    ルテントはございますが、 日射病予防に帽子などをご用意下さい
*お子様でも楽しめるように金魚すくいがあります。
   (種類は変更になる場合がございます)

                                                                                              平成25年7月1日
               鎌倉七里ガ浜顕証寺墓苑管理事務所
                    ℡0467-39-3906
                   fax0467-33-2805
                  HP http://www.kenshouji-boen.jp
      メールでの問い合わせも出来ますE-mail info@kenshouji-boen.jp


追憶Specialポスターブログ用

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