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追憶“Special”法話編5  

「法話編4」の続きです。

5.おわりに・・・

 七里ガ浜顕証寺墓苑が開かれて、14年が経とうとしております。実は私、この墓苑を開くのに反対の立場だったんですよ。信者さんの一部も反対でした。なぜなら、このお寺は本門佛立宗の教えに則った方々の聖域だからです。聖域というのは、幾つか意味がありますが、神聖な土地・地域。犯してはならない区域。比喩として、手を触れてはならない分野という意味でこの言葉をあえて使いました。
 まず、今までは泥棒に入られたことがありません。実は、開苑した翌年に本堂の賽銭箱が盗まれましたが、犯人は捕まりました。境内でBBQを毎年やっていますが、トンビも食べ物をさらったことがありません。本当に「守られている」聖域なのです。ですから、当初は不安材料ばかりでした。
顕証寺 zenkei01.jpg
 昭和63年あたりからこの墓苑の建っている隣地が転売されて、いわゆる「土地ころがし」で焦げ付いて、銀行の抵当が20億円にも上ったと聞いております。最後に権利を持った方が高級マンション、分譲地と開発を試みられましたが、地域の反対で失敗。その間、土地の様々な権利に飛びついてきた怪しげな団体もあったりと、益々絡んで行ったのです。

 平成7年頃に霊園開発の話が来ましたが、実績と実体のない会社で、危ないところでした。おまけに踏切の移設や境内の一部を道路にということも出てきて、いよいよお寺を守ろうという信徒にも影響をし、更にそうした業者が言うこと訊かすために不審な挙動をとったりと、お寺にとっては「未曾有」の危機でした。これは今だから言えるんです。

 平成9年に今の墓苑を立ち上げた業者が訪問されまして、種々協議に入りました。その時から私も直接交渉のボードに乗りました。お寺を守ろうとする真摯な信徒の手前、住職と信徒との狭間に入って交渉をしました。業者は「お寺さんも墓地が必要でしょう?」と言うと、私はすぐに「いいえ、このお寺は霊廟(納骨堂)がありますから墓地は要りません」とそっけなく応えました。それでは話にならんと言うことで、具体的にどうしたらこう、こうしたらこうと時間をかけて会合を重ねました。しかし、最後に決断を下すのはあくまで代表役員である「住職」の決済です。

 当時の住職、私の師匠は「近隣住民も今まで困ってきた。これ以上、不安を募らせるわけにはいかない。幸い、墓地なのに『顕証寺さんがやってくれるなら賛成』と言ってくれている。これは顕証寺だけの問題ではない」と墓苑開発誘致を決済されました。
 私は、信徒の責任役員にお話をし、一人の責任役員は是認していただきましたが、もう一人は納得をしてくれませんでした。結局、その人は責任役員を放棄し、顕証寺から去って行きました。私はとても残念でなりませんでしたが、住職が熟慮して、私も納得し説得するのに時間も工夫も勉強もしたつもりでしたので、協議書に押印を致しました。こうして墓苑の開発が平成11年7月末から始まったのです。

 このようにして、「聖域」である顕証寺の境内が墓苑の敷地として拡大されることになりました。ですから、皆さんにとっては墓苑の永代使用権をお持ちですが、あくまで「宗教法人顕証寺」の規則と「使用契約」の約束事という上で使用いただいていることになります。これらを良く認識いただきませんと時には穏やかでなくなります。
墓苑写真1 墓苑江ノ島 管理棟
 先程のジンクスではありませんが、「ついで参りはいけない」ということがあります。端から遊びに来たついでにというのはいけないという意味です。同じ霊園内に親戚のお墓があるのでついでにと言うこととは異なります。こういうことがありました。ここは海が近いので良いということで求められる人が多いのですが、事もあろうに海水パンツ一丁で墓石に水をやっている人が居りました。管理人さんが「あなた、ついで参りはいけませんよ。それにここは霊園です。せめて上着一枚羽織ってください。」とさすがに窘めたそうです。

 実は、墓苑を開園するにあたって、使用のモラルを問うのに私は細かく条文を掲示した方がよいと提案いたしました。例えば、何処にもありますよね?「ここでの事故等の責任は一切負えません」などと。でも、師匠先住職は「そういうことはしない」「何でも法律に訴えたりするのは愚の骨頂だ!」として、その提案を退けられました。しかし、無断駐車や時間外の墓参もあったりとその都度対応しなければならなくなりました。世間の人の中に「お寺は公共施設」と勘違いしている人がおります。違います。お寺は公共の公園とは違うのです。お寺を守るために檀信徒がお金や労力、そして信仰心で支えているのです。お墓があるから仕方なくしているのではなく「心の拠り所」として一人ひとりが支えているのです。これは住職も僧侶も同じことをしております。外の人にはそれがわからない。この世の中は、タダで自動であるものはありません。いろんな恩恵によって成り立っているのです。「金は天下のまわりもの」と言うように、それに心が働いて善きにも悪しきにも流れるのです。信仰の世界では、善きに流れることを「功徳」といい、悪しきに流れることを「罪障」といいます。

 こういうこともありました。境内に午後から車が駐車されており、信者さんにしては長い、変だなと思いつつ管理人さんが帰りに一応、車に張り紙をしました。「長く境内に駐車する場合はお寺の事務所または墓苑管理事務所に連絡ください」と。でなければ、無断駐車になります。夜9時近くにお寺のインターホンが鳴りました。私も心配してイライラしていたこともあり、ついワインを飲むペースが速くなり、ほろ酔いの時分でした。出てみると「張り紙があったので…」というものですから「墓苑の使用者でしたら何も無碍にはいたしません。でも、長く駐車するのでしたら一言あっても良かったんじゃありませんか!」と少々、きつ目に言ってしまいました。

 こういう経緯と日常の在り方によって、この境内の聖域は守られているのです。できれば私共の言う「功徳」「罪障」が解ってくだされば申し分ありませんが、今回の「罰について」のお話を思い出していただき、モラルと亡き御先祖、亡き精霊への孝養心を一層、強くしていただければ幸いです。

 ご清聴ありがとうございました。

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